持続可能な食のあり方を共に考え、学び合いの機会を創るために、小豆島へ食のフィールドワークの調査に行きました。
瀬戸内地域は、自然豊かな景観を生かし、芸術祭などのアート・イベントも取り入れながら、観光による地域創生が活発に行われています。過去には、高度経済成長期の工場誘致の加速によって環境汚染が深刻化した歴史もあり、環境保全の観点から、日本で初めての国立公園に指定された地域でもあります。環境問題という課題に立ち向かいながら、自然景観を生かした地域おこしをおこなう瀬戸内地域は、プラネタリーヘルスの理論と実践を考えるうえで恰好のフィールドです。
私たちが今回訪れた小豆島は瀬戸内海に浮かぶ島で、現在、3万人ほどが暮らしています。温暖な気候と豊かな自然に囲まれた小豆島では、海上交通の便の良さもあり、昔から柑橘類の栽培や食品加工(醤油、ごま油等)が盛んでした。近年では、オリーブ栽培が島の観光も含めた特徴となっています。小豆島ならではの食とツーリズム、地産地消の食システム、循環型農業について学ぶことをテーマに、フィールドワークを行いました。
大阪大学、川崎医療福祉大学、国立健康栄養研究所からの研究者と、学生5人(人間科学部、医学部、理学研究科、工学研究科)という多様な背景を持つメンバーが参加しました。また、小豆島ご出身で地域の観光に詳しい せとうち観光専門職短期大学准の石床渉先生にご案内いただきました。実際に食の生産や加工に取り組まれている方々にお話を伺うことができ、たくさんの学びがありました。
フィールドワークの概要 | ||
訪問先と調査内容 | 醤油蔵を見学 オリーブ農園と加工現場でインタビュー そうめん製造工場の見学 中山千枚田(古くから維持されている棚田)へ訪問 地元のお年寄りへの食生活インタビュー | |
調査テーマ | 地産地消の取組み(昔・今)フードロスに関する取り組みや食の現代的課題について 食を通じた地域創生 人の食のいとなみと文化・健康 |
木桶の醤油がつなぐ人と未来
小豆島は古くから醤油生産が盛んにおこなわれており、島の重要な食産業の一つです。木桶での醸造を現在も続けている「ヤマロク醬油」を訪問しました。足を踏み入れると醤油の良い匂いがしてきます。木桶で作る醤油には、酵母菌や乳酸菌が生み出す他にはない美味しさがあるそうです。しかし、日本の木桶文化はどんどん衰退しており、多くの工場が木桶を用いない大量生産に代わっています。ヤマロク醤油では「木桶職人復活プロジェクト」の取り組みを開始し、木桶や醤油に関わる人材の創出をして、木桶で醤油を作る大事な文化を守ろうとしています。この新たな取り組みには、島の外からもたくさんの人が訪れ、関わりをもつようになっています。また、地元の高齢者の方へのインタビューから、人々の日常生活において小豆島産の醤油は昔から身近な存在だったことがうかがえました。島民は醤油産業に対して誇りを持っていることや、料理によって複数の醤油を使い分けるなど関心が高く、積極的に関わっていることが分かりました。
日本の発酵文化である醤油の伝統を通じて、食の未来をつくる人々のかかわりを知ることができました。作る人や売る人、食べる人、手伝う人など、様々な人が関わり、新たな影響力を持っていく「食」。そんな食と人とのかかわりが、小豆島には溢れていると思いました。
フードロスへの対応から特産品開発まで ~ 小豆島のオリーブ栽培の事例 ~
小豆島におけるオリーブ栽培の歴史は、そのまま日本のオリーブ栽培の歴史でもあります。地中海地域が原産のオリーブを、1908年に、当時の農商務省が国内の3か所で試験的に栽培した結果、栽培に成功したのが小豆島でした。その後、オリーブに関する食産業は小豆島で拡大し、小豆島観光の中心ともいえる食品になりました。「オリーブは捨てるところがない。」と語ったのは小豆島町のオリーブ課のMさんです(町役場にオリーブ課があることにも驚きました)。オリーブが生み出す「食の循環」は、オリーブ畑以外でも生まれています。
私たちは今回、小豆島で最も古い歴史のある「東洋オリーブ」を訪問し、農園と加工現場の見学とインタビューを行いました。2016年からは、完全に無農薬で除草剤も使わずに栽培する取り組みを始められています。そのように栽培したオリーブは、剪定した枝を再利用し、オリーブ堆肥がつくられます。枝とチップにして、菌、水を加え、3ヶ月くらいかけて発酵させ、春には堆肥として活用できるそうです。オリーブの搾りかすもまた、堆肥として利用されています。こうして、オリーブを畑に還すという試みもなされています。
オリーブオイルの加工段階では、どうしても食品ロスが出てしまいます。加工する100トンのうち、20%が搾りかすになります。そのうち、10トンは堆肥に、残りの10トンは牛の飼料として活用されています。この飼料で育った牛は「オリーブ牛」としてブランディングされ、小豆島の食を通じた観光振興に貢献されていることも印象的な事例です。この取り組みは、2009年から、酪農家の方の「飼料が高い」という問題と、オリーブの搾りかすが「もったいない」という課題意識から生まれたものです。
最近注目されているSGDsや、いわゆる「循環型農業」、といった新たにつくられた概念や枠組みではなく、もともと皆が食と関わるなかで感じていた「もったいない、をなくしたい気持ち」こそが、フードロスを減らす根源にあると感じました。
From the Laboratory to the Field: Impressions of Shodoshima as a Research Student (実験室からフィールドへ:小豆島での経験から)
私は現在修士1年で、東南アジア(インドネシア、フィリピンなど)のココナッツ亜種の代謝物プロファイルの違いを理解する研究を行っています。私の研究は食や農業と密接に関係しているため、小豆島でのフィールドワークに初めて参加したのはとても嬉しいことでした。
醤油蔵やオリーブ農園の見学から、島に昔から暮らしているお年寄りの方へのインタビューまで、さまざまな視点から地域の食文化を見つめることができました。
その中で、大きく2つのことが印象に残りました。ひとつは、「食文化」というものはやはりそれ自体が独立して理解できるものでないと再確認させられたことです。その地域に固有の食品の有無だけでなく、文化的、歴史的、さらに、商業的な文脈を考慮する必要があります。例えば、小豆島では、オリーブがその地域の日常の料理として主要な食品であるというよりも、むしろ市場性のある商品として、地元の人々にも理解されているということです。このような現象は、食文化を変えるための「トップダウン」(自治体や企業がリードして住民へと広げる)と「ボトムアップ」(住民たちから食品を受け入れ変えていく)の違いと捉え直すことができるのではないでしょうか。
しかし、小豆島は、この2つのアプローチが共存する地域だと思います。例えば、高尾農園というあるオリーブ農家は、自治体のリードするオリーブを使い加工・販売するというトップダウン的なアプローチのなかで、オリーブの収穫から生産までを大学生との交流を通じて知ってもらうというボトムアップ的なアプローチの両方を行っています。小豆島におけるオリーブは、私の出身のフィリピンにおけるココナッツの位置づけと、共通点があるようにも感じました。
また、戦後の復興が、特に戦争を経験した人たちの食文化に大きな影響を与えているようです。砂糖や生鮮食品などの主食が、人工甘味料や野草に置き換わったことで、地域の中で「もったいない」という意識が強まったのです。
どんな料理を作るのか?なぜこのような調理をするのか?持続可能な食文化を推進するために、私たちは十分なことをしているのだろうか?そのような問いに対する答えは難しく、なかなか得られないかもしれませんが、小豆島は私たちと食との複雑な関係を深く考察するための理想的なモデル地だと感じました。
最後までお読みいただきありがとうございました!木村先生が主催する「地域の食とプラネタリーヘルス」は、地域に根ざした食の探求から、人の健康と地球環境の健康と関わり合いに注目するプラネタリーヘルスの研究と実践に取り組まれています。詳しくはこのリンク先をクリックください ♪